過剰に処方される抗認知症薬-原因を探り、対策を考える

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前回(抗認知症薬は効かないのか?)は、あまり効果が実感しにくい抗認知症薬も、効果がしっかりある人もいるので、フランスで医療保険から外れると心配だなぁ、という、私が抗認知症薬肯定の立場にいることを表した感じの内容でした。

ただ、現状の日本での抗認知症薬の処方のされ方の実態に肯定的か、というと、むしろ否定的です。その理由は、どう考えても不適切な状況で処方されている例が多いからです。そんな気持ちから、前回のツイートの後、次のようなツイートをした所、多くの反応をいただきました。
そんな、不適切な状況での抗認知症薬の処方について、どんな例があるのか、思いつくままにあげてみたいと思います。

*できる限り、エビデンスや自身の経験、今回twitterで出会った意見の中でも現実的と思われるものに則って、現実に即したことを書こうと思いますが、匿名の医師の無責任な個人的見解という範疇を出ないことも事実かと思いますので、ご注意いただければ幸いです。


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適応でないケースへの処方

不適切な状況での処方で真っ先に上がるのは、当然ですが、抗認知症薬の適応疾患であるアルツハイマー型認知症(AD)とレビー小体型認知症(DLB)以外に処方されているケースです。その原因をさらに細分化してみます。

ADと誤診

脳血管性認知症(VaD)や前頭側頭葉変性症(FTLD)の方がADと誤診され、抗認知症薬を処方されているケースを見ることがあります。特にFTLDの中の意味性認知症(SD)では当初行動障害は目立たず、意味記憶障害が近時記憶障害と誤解され、側頭葉前方部や外側部の萎縮が過小評価されて、両側海馬の萎縮が目立つことから、ADと診断されていることが多いように思います。そもそも、SDという疾患が認知されておらず、鑑別疾患に上がっていない可能性もあります。

FTLDは頻度がそこまで高くはないですが、コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)が処方された場合、脱抑制などの症状がさらに賦活され、より行動障害が強くなる、という場合も多く、この誤診による処方の影響は大きいです。

VaDは頻度も多く、誤処方の量的問題が医療経済的に無視できないものになる可能性があります。もちろん、無効な処方による副作用の問題も重大です。

また、よく言われる話ですが、老年期のうつ病は認知症と誤診されやすいです。また、その他にも内分泌疾患、代謝性疾患、慢性的なアルコール多飲の影響、抗コリン薬などによる薬剤性の認知機能低下、硬膜下血腫、正常圧水頭症など、高齢者の認知機能障害をきたす原因は多くありますが、これらが見逃され、ADと誤診されているケースもあります。これらは適切な治療により認知機能障害が改善する可能性のある、いわゆる「治療可能な認知症」と呼ばれるものなので、この誤診は抗認知症薬を誤って処方されるという問題以上に、治療可能な病態が適切な治療につなげられず、不可逆的な状態にまで進行してしまうという大きな問題につながってしまいます。

認知症ならなんでも抗認知症薬

認知症疾患診療ガイドラインにも書かれている事ですが、基本的に認知症では、「認知症という診断で止まらずに、その原因疾患が何かまで診断する事」を求めています。これはもちろん、疾患によって治療方針が異なるからです。「認知症」という診断で止まっている理由は、①現状では認知症ではあるが、どの認知症かがはっきりしないため、診断保留にしている、②認知症と診断した上で背景疾患まで診断すべきという意識がない、という2つがありますが、見渡して見ると後者のために「認知症」という診断で止まったまま、認知症なら抗認知症薬、と処方されているのではないか、というケースをよく見かけます。

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認知症の背景疾患の約半数はAD、20%はDLBと言われていますので、この考え方でも60-70%はChEIを適応疾患に処方できているわけですが、30-40%の誤処方は看過できるものではありません。

誤診にしても、背景疾患を決定しようとしない場合についても、認知症を診療する医師側の診断能力の問題が誤処方を引き起こしている事になります。そもそも、現在の臨床診断基準は、病理診断と100%一致するわけではありませんので、100%正確な診断はどれだけ優秀な専門医でも不可能ではありますが、可能な限り正確な臨床診断で、適切な処方に繋げられるよう、努力する必要があります。

先程のADと誤診されたケースも含めて、正直なところ、非常に典型的なケースであれば別ですが、最もポピュラーな認知症であるADでも、診断に難渋するケースが多分にあります。私も悩む場合は専門機関へ紹介することが多いです。

本人・家族の強い希望

一般の方にとっては、「認知症だけど抗認知症薬の適応がない」という場合があることをご存じないのは普通のことかと思いますので、背景疾患に関わらず、認知症と診断されれば、処方を希望されることもあるでしょう。そのような場合に、「認知機能に良い作用があるのだから、処方していい結果が出ればもうけもの」という医師の心理を本人・家族の強い希望が後押しすることがあります。適応でない認知症と診断した場合には、きちんとそれを説明することが重要になります。

後述する「ゴミ箱診断としてのAD」のようなケースでは、本人・家族の希望も考慮して抗認知症薬の処方をするかを判断する、というスタンスの先生もいるかと思います。個人的にはこれは、のちにきちんと効果判定をして、中止を念頭に置いている場合は問題ないかと思います。

本人・家族の強い希望がみられるもう一つの理由として、「現実よりも抗認知症薬の効果が優れていると誤解されている」ケースが多々あります。「認知機能障害に困っているが、薬を飲めば治る」「薬を飲めば進行が止まる」という思いを抱えておられるかたが多いように思います。残念ながら現状の抗認知症薬はそのような理想的な薬ではなく、多くの場合は効果は微々たるもので、副作用も多いものだということを、やはりきちんと説明することが重要になります。この説明は、「適応がないのに処方を希望される場合」だけでなく、「適応はあるので処方する場合」にも、当然必要な説明です。

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中止のタイミングを逸する

適応がある場合にも、いざ処方してみたものの、中止すべき、というタイミングを逸してしまえば、それは過剰処方になります。この点は、以下頂いたツイートが全てを語っているように思います。

副作用モニタリング不足①:認知症の進行と誤解

これはよく認知症高齢者のポリファーマシーの原因として引き合いに出される話です。ChEIを投与したところ、賦活してしまい、易怒的になったり、脱抑制的になったりした際に、副作用と認識せず、認知症が進行したためにBPSDが増悪した、と判断され、向精神薬が追加される、というケースです。メマンチンで過鎮静になったのを、やはりBPSDの進行と判断される、というのもあるかと思います。

とにかく、抗認知症薬による副作用にどのようなものがあるかを意識し、投与開始後の変化を中止することは重要です。嘔気などの消化器症状やめまい・ふらつきだと、比較的副作用と判断しやすく、見逃されることはないのですが、精神症状の変化に対しては、「認知症にいい薬だから精神状態が悪くはならないだろう」という感覚があるように思います。

副作用モニタリング不足②:副作用が起こっている事に気付かない

そもそも、副作用が起こっていることに気づかないケースがあります。例えば不整脈はその最たる例な気がします。また、呼吸器系の副作用も副作用と認識されていないことが多いように思います。

ChEIはコリン系を賦活する薬剤なので、自律神経を副交感神経優位に傾ける作用があります。そのため、消化器、呼吸器、循環器のいずれにも影響を及ぼす可能性があります。例えばドネペジルの添付文書には、慎重投与として、「①洞不全症候群、心房内及び房室接合部伝導障害等の心疾患のある患者、②消化性潰瘍の既往歴のある患者、NSAIDs投与中の患者、③気管支喘息又は閉塞性肺疾患の既往歴のある患者」が挙げられています。逆に言えば、このような疾患を増悪(発症)させるような副作用が起こりうるわけです。

不整脈は訴えがあればいいのですが、心電図をとってみないとわからないことも多いですし、それが致命的な不整脈であることもあります。無症候の方で、心電図でBrugada症候群のsaddle back型ST上昇を認めていた方が、ドネペジル中止で消失した、という自験例もあります。まだ無症候でしたし、saddle back型なので、それほど焦るようなものではないかもしれませんが、それでも放置するのは問題でしょう。これで除細動器を入れられたり、抗不整脈薬が開始になったりしたら、たまったものではありません。投与開始前だけでなく、後にも心電図をフォローするのが望ましいでしょう。

呼吸器系の副作用に関しても、自験例では、COPDを長年患っていた方で、最近になり呼吸状態が不安定になり、せん妄状態のためコンサルトされたという方がいましたが、ドネペジルを中止したところ呼吸状態もよくなり、せん妄も治った、という方もいます。

何れにしても、副作用として起こりやすい症状を意識してモニタリングし、有害事象があれば中止する、という基本的なスタンスが重要になります。

ゴミ箱診断としてのAD

臨床診断基準に則って診断しようとしても、なかなかどの診断基準にも当てはまらない、というケースがあります。「変性性認知症以外の原因は考えうる限り除外できた。DLBやFTLDなどのAD以外の各変性性認知症に特長的な症状はどれもみられず、記憶障害はADを積極的に疑うほどではないが、認知症であることは間違いない」という場面で、有病率の高さから、ゴミ箱診断としてADと診断する、というケースがあります。

この考え方の是非は議論の余地がある所ですし、私自身は
のように、「認知症だがその原因疾患は不明」という診断保留状態で経過観察し、その経過観察中の症状の進行具合で診断決定する、と考える立場ですが、ひとまず有病率の高いADと診断しておいて治療介入を開始し、経過観察中に違うと判断されれば診断を変更して介入方法を変更する、という考え方も、今の医学のレベルでは十分妥当な判断です。

しかし、この「ひとまずADと診断した」という場合に、その後の経過観察中でやはりADではない、という判断をすべき段階を逃してしまうと、抗認知症薬の中止タイミングを逸する事になります。「一度投与開始した抗認知症薬は、副作用がなければやめにくい」という感覚は確かにあり、難しい判断になることはとても理解できます。しかし、抗認知症薬に関する長期的な投与の影響については、エビデンスがないので、どのような遅発性の副作用が起こるかもはっきりしていないと考えるべきかと思います。勇気を持って処方を中止することも大事かと思います。



だいぶ長くなりましたが、抗認知症薬が今過剰に処方されているのではないか、と感じている現状に対し、過剰に処方されている原因を考えてみました。振り返ってみると、いずれも「きちんと診断し、治療を開始すれば、その効果判定をきちんと行う」という診療の基本や、「診断や治療について、本人家族にきちんと説明し理解してもらう」というインフォームドコンセントの基本をきちんと行うことが重要だなぁと思わされます。

私自身の今後の診療や、若手の指導の上で、重要なポイントを振り返ることのできたいい機会になりました。

また、最後になりますが、今回は「抗認知症薬が過剰に処方されている」という客観的事実に対する原因を考える立場だったので、抗認知症薬のネガティブな面ばかりを記載しましたが、前回言及した通り、私自身は適応のある患者さんに非常に有効なケースもある薬だと、どちらかと言えばポジティブに思っており、必要な患者さんに抗認知症薬が届かなくなる、という不利益が起こってほしくないと思っている立場です。

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関連記事・参考文献

抗認知症薬は効かないのか?
繰り返しになりますが、私自身は適応のある患者さんには積極的に抗認知症薬を使っていく立場です。そして、効果のある方達が多くいるのも確かです。その有効性についてまとめてみました。

Okumura Y, Sakata N. Antidementia drug use in Japan: Bridging the research-to-practice gap. Int J Geriatr Psychiatry. 2018 May 20.
奥村泰之先生の日本での抗認知症薬の処方の現状に関する報告。オープンアクセスなので全文読めます。tableを見ると、85歳以上での抗認知症薬の処方率の高さに驚かされます。

[文献]日本における認知症治療薬処方動向(PMID: 29781202)@薬剤師の地域医療日誌
上記の奥村先生の原典を日本語でまとめられています。

アリセプト添付文書
レミニール添付文書
リバスタッチパッチ添付文書
メマリー添付文書
抗認知症薬のことをきちんと知るには、まず添付文書から、ということで、リンク。

レビー小体型認知症(DLB)の新診断基準
抗認知症薬の適正仕様の第一歩は、AD・DLBの適切な診断になります。2017年に改訂されたDLBの診断基準をまとめました。

BPSDケアプログラム:非薬物的対応のエビデンス
認知症の人に対する不要な薬物治療を減らすためには、適切なケア(非薬物的対応)を行うことが重要になります。そんなケアに対するRCTが行われているようです。

認知症への理解の低さはこんなもの
医療系の専門誌の認知症に関する記述ですら、認知症に対する誤解があります。正しい認知症の理解が進んで欲しいです。

アルツハイマー病治療薬・フランスで医療保険から外れる 変わる認知症治療の潮流とは
今回引用リツイートした元記事。フランスでどのような判断がされたのか、とてもわかりやすく書かれていて、フランスでの判断は確かに一つの結論だなと感じました。


抗認知症薬の使用を過剰に推奨しているのではないか、と言われることもあるガイドラインですが、CQ3A-6は抗認知症薬の副作用への対応に関するもので、よくある副作用を明記の上、それらが出た場合は漸減中止、と明記されています。また、CQ6-7はADの薬物療法についてですが、p.227のフローチャートでも「効果なし・不十分・減弱/副作用」を認めた場合に、「他のChEIやメマンチンに変更」以外に、「投与中止」という選択肢もきちんと記載されています。「投与中止」という選択肢をもっと意識して、ガイドラインを参照するといいのかもしれません。また、そのほかの部分でも認知症の現在の診療に非常に助けになると感じます。


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