睡眠薬と転倒リスク

以前、転倒・骨折のリスクファクターと予防についてまとめましたが、その際、医師として一番注意すべき点についてスルーしました。

薬剤による転倒リスクです。

医師として転倒のリスクファクターの中でいつも心に留めているのが、薬剤です。特に精神科医としては、向精神薬が薬剤の中でも大きなリスクファクターであることを注意しています。その中でも最も転倒の原因として頻度の高いのが、睡眠薬(及び抗不安薬)です。今回はそんな睡眠薬と転倒について。

睡眠薬の種類—ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系


睡眠薬の種類は、現在主に処方されているものでいうと、
  • ベンゾジアゼピン系(BZD)
  • 非ベンゾジアゼピン系(Zドラッグ)
  • ラメルテオン、スボレキサント

と非常にざっくりですが分けることができます。

BZDはGABAA受容体におけるGABAの作用を高め、鎮静、催眠、抗不安、抗けいれん、筋弛緩作用をもたらします。そのバランスの違いから、睡眠薬として分類されるBZDもあれば、抗不安薬、抗けいれん薬として使われるBZDもあるわけです。

ZドラッグもBZD同様にGABAA受容体に作用しますが、作用する受容体の選択性が高く、BZDと比較して、抗不安作用が少なく、依存・離脱も軽いという特性があります。

ラメルテオンとスボレキサントは、それぞれメラトニン、オレキシンと言った睡眠覚醒周期と関連した脳内物質の受容体に作用することで睡眠導入を行う、新しい機序の薬剤になります。

この他、BZDができるまで使われていたバルビツール系もありますが、過剰摂取の危険性から現在は余り使われていません(少なくとも私自身は、外来では昔から内服していた人に処方することはあっても、新たに処方することは皆無ですし、昔から内服していた人も可能な限り置換しています)。

また、一部の抗うつ薬で、現在ではほぼ睡眠薬のように使われているものもありますし、抗精神病薬を睡眠薬として用いることもあります。漢方薬にも睡眠作用のあるものがありますね。

wikipediaにもこの辺は詳しく書かれていますね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9D%A1%E7%9C%A0%E8%96%AC

睡眠薬の作用時間と使い分け


依然、睡眠薬の主力であるBZD、Zドラッグは、その半減期から、超短時間作用型〜長時間作用型に分類され、睡眠障害の質によって使い分けられます。

例えば、なかなか寝付けない入眠困難には、超短時間作用型BZDのトリアゾラムやZドラッグのゾピクロンを用いたり、一旦寝付いても途中で目が覚めてしまう中途覚醒には、中時間作用型BZDのフルニトラゼパムを用いたり、といった具合です。

熟眠感が得られないという人には、BZDだとむしろ睡眠の質が悪くなってしまうこともあるので、抗うつ薬のトラゾドンを用いたりもします。

睡眠薬と転倒リスク


前置きが長くなってしまいました。

さて、睡眠薬と転倒についてですが、最近も、睡眠薬(ブロチゾラム)で下肢にうまく力が入らず転倒したと思われる、顔面を強打した高齢者が、救急に来ていました。抗不安薬(なぜかエチゾラムが多いですね、個人的には高齢者には怖くてなかなか出せないのですが。)でも同様のケースを見ることがあります。ベンゾジアゼピン系は筋弛緩作用もあるので、そういったことが時折見られます。ちなみに、長時間作用型の方が短時間作用型より長く作用が続くため、日中の転倒リスクなどが上がりそうなものですが、一概にそうでもなく、両者の転倒率は同程度、とも報告されています。
参考: http://ageing.oxfordjournals.org/content/42/6/764.long

一方、非ベンゾジアゼピン系、と言ってはいますが、ゾルピデムなどのいわゆるZドラッグも転倒骨折のリスクは高いと言われています。ベンゾジアゼピン系と比較しても、Zドラッグの方が骨折リスクが高い、という報告もあります。ここには認知機能や運動機能への影響が関係していると言われています。私自身も、ゾルピデムを内服していた際に、夜間活動していたものの忘れており、いつの間にか床で横になっていたところを家族が見つけて驚いた、という健忘を伴っていた方を知っています。
参考: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-5415.2011.03591.x/abstract
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-5415.2010.03229.x/abstract

実は不眠は高齢になる程有病率が高く、睡眠薬の常用量も高齢者女性で特に多いことが知られています。高齢者では薬物代謝機能も低下しているため、睡眠薬の持ち越し効果も出やすく、夜間中途覚醒時の転倒だけでなく、日中の転倒の原因にもなります。

最近出てきたラメルテオンやスボレキサントは、筋弛緩作用や認知機能への影響が少なく、転倒リスクは低いのではと考えられています。

*事さらに睡眠薬の転倒リスクを強調しましたが、一方で睡眠薬の服用と関係なく、不眠そのものが転倒や骨折の危険因子であるという報告もあります。ですので、不眠に対して適切な薬物治療を行うことが重要であることはいうまでもありません。
参考: http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1532-5415.2005.53304.x/abstract

転倒予防—睡眠薬を減らす、やめる


睡眠薬の漸減・中止できればいいのですが、当然反跳性不眠や離脱の可能性がありますので、ゆっくり慎重に行うことが重要です。一般には、BZDの漸減中止には、より離脱が起こりにくい長時間作用型のBZDに置き換えた上で、徐々に減らしていくことが有効と言われています。あとは、ラメルテオンやスボレキサントへの置換もいいのかもしれませんが、この辺りは少々判断が難しいと感じています。というのも、作用機序が違うため、同じような睡眠効果が得られなかったり、BZDやZドラッグに比べると、マイルドな睡眠誘導という印象があり、既存の薬物治療の代替にならないこともあるからです。(そもそも、ラメルテオンやスボレキサントの売りは、概日リズムを司る物質の受容体に作用し、自然な眠りを誘導する、というのが売りなので、このマイルドな睡眠誘導という印象そのものが両薬の売りなのでしょう。)

不眠に対する非薬物療法の導入も、睡眠薬漸減・中止に有効でしょう。睡眠教育や認知行動療法の有効性が示されています。例えば、高齢者に対する睡眠教育としては、高齢者の睡眠の特徴である、①夜間の睡眠時間が減少すること、②深い睡眠の割合が減少すること、③日中の仮眠も増えること、といった加齢に伴う変化が自然なことであることを理解してもらうことが重要です。

何れにしても、不眠そのものもリスクである、ということを考えると、安易に、例えば自己判断で漸減中止するよりは、主治医の先生ときちんと相談しながら、漸減しつつ、時には元に戻りつつ、としていくことが大切と言えます。

個人的には、睡眠薬の漸減は好きな仕事です。一時的には必要だった睡眠薬が、症状の改善によって不要になる様子を追っていくのは、患者さんの不眠という病気が治っているという実感を得られる作業ですし、睡眠薬による認知機能障害や過鎮静という副作用の改善も相まって、よりその実感が強まることもあります。反面、ある程度順調に減らしていけても、最後の最後、全てなくすのが骨の折れる仕事になることが多く、そこが非常に難しいと感じています。この辺りは私自身しっかり経験を積んでいきたいと思うところです。

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