阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか

熊本で地震が起こり、数日が過ぎました。
被災された方は余震の続く中、心細い時間を過ごされていることと思います。
同規模の地震では、余震の数が過去最高のペースだとか・・・。
http://www.j-cast.com/2016/04/17264319.html
被災者の皆様の無事を祈ります。

医療関係者としては、DMAT(災害時派遣医療チーム)の一員として救急医の知人が現地に派遣されたり、現地の先生方が活動されている様子など、現地での医療活動をSNSで見ては、自分の無力さを感じます。

精神科医としてこのような震災時にできることはないか、というと、実はDPAT(災害派遣精神医療チーム)という部隊がすでに派遣・展開されています。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/hotnews/int/201604/546590.html

災害精神医療の持つ意味は、過去の事例でもとても大きなものです。
実際に今回の熊本地震でも、避難所で高齢女性が倒れているところが見つかり、病院に搬送されるも、死亡が確認され、ストレスなどによる災害関連死の可能性があると報告されているようです。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6198357

その中で、私個人としてとても印象に残っているのは、阪神大震災で災害精神医療の中核を担った神戸大学附属病院精神科の医師たちの活動です。
当時同精神科の教授であった中井久夫先生を中心に、各医師たちが有機的に、きめ細やかに診療していた様子が、中井久夫先生の「災害がほんとうに襲ったとき――阪神淡路大震災50日間の記録」の中で描かれています。

私自身がDPATとして派遣されるわけではないですが、今、読み返すことに意味が有ると感じ、昨日から読み返していました。
この文章については、先の東日本大震災の際に、貴重な記録であり、当時の現場での医療者にとって、貴重な参考資料になるだけでなく、心の支えにもなるだろうと、著者の許可を得た上で下記サイトにて無料公開されました。
http://homepage2.nifty.com/jyuseiran/shin/

熊本とは少なからずご縁があり、今年も伺う予定ですが、何かお力になれることがあれば、と思いながら、1日も早い余震の収束と復興を祈るばかりです。


スポンサーリンク



人気ブログランキングへ

この記事へのコメント

スポンサーリンク